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広島地方裁判所 昭和43年(わ)514号 判決 1968年12月24日

主文

被告人を懲役八年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四一年五月に妻佳代三と結婚し、翌四二年五月に長女を出産したが、その前後ころ妻の体調がすぐれなかつたために性的不満をもつようになつたが、一方生活費も充分でなかつたため売春婦に対し暴行、脅迫を加えて無理に関係することにより不満を解消しようと考え、同年七月ごろ広島市内において右企図を実行したところ、被害を受けた売春婦らがいずれも売春行為の発覚をおそれて警察に届出ず、その企図が成功したため、翌四三年五月ごろの長男出産の前後にも同種犯行を思たち、

第一、(一) 昭和四三年三月上旬の午後一〇時ごろ売春婦花房栄(当時四三才)に対し「お姉さん遊ばんか」と声をかけて同女を広島市比治山町三番二三号とびきり旅館こと中元タカ子方二階一号室に誘い込み、同所において右花房が売春料金を前金で請求したところ、矢庭に同女をベッドの上に引きづり上げ「金は持つていない。警察に言つてやろうか。」「殺してやる。」などと語気鋭く申し向け、ベッドに押し倒してその反抗を抑圧して強いて同女を姦淫し

(二) その直後ころ同所において前記暴行により同女が極度に畏怖しているのに乗じ金員を強取しようと決意し、反抗を抑圧されている同女からハンドバッグを取りあげてなかの財布から同女所有の現金二、〇〇〇円を抜き出してこれを強取し

第二、判示第一の犯行の成功により、再び売春婦に脅迫暴行を加えて強いて姦淫し、かつ金品を所持していれば同時にそれも強取しようと企て

(一)  同年三月二九日午後一〇時すぎごろ売春婦永野登茂子(当時三八才)を同市的場町二丁目三番二一号白鳥ホテルこと西田源子方二階つばめの間に誘い込み、同所において右永野が売春料金を請求するや、矢庭に同女の顔面を数回殴打し、胸倉をつかんで「わしをだれじや思うとるんなら、ここまで来て帰ろうと思うか。」などと申し向けてベッドに押し倒し、強いて同女を姦淫し、さらに同女のハンドバッグを取り上げたうえ、なかの財布に入つていた同女所有の現金約八三〇円位と女物腕時計一個(時価約五、〇〇〇円相当)及び同女が指にはめていた指輪一個(時価約三、〇〇〇円相当)を強取し

(二)  同年五月九日午後一〇時すぎごろ売春婦角野京子(当時三一才)を同市富士見町一〇番一号富士ホテルこと松田タカ子方に誘い込み、右角野が売春料金を請求するや「わしを誰じや思うとるんなら」と申し向けて、矢庭に同女の顔面を二回位殴打する暴行を加え、同女の腕をつかんでベッドに押し倒し、さらにのど元を押えつけてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫し、さらに同女のハンドバッグを取り上げ、そのなかの財布から同女所有の現金約二、三〇〇円位を強取し

(三)  同年七月八日午後一一時ごろ売春婦中村哲子(当時二五才)を前記富士ホテルこと松田タカ子方に誘いこんだところ、右中村が被告人の挙動から所持金のないことに気付いて帰ろうとするや、矢庭に「おどりやわしをだれじや思うとるんならと言つて右中村の胸倉をつかみ顔面を数回殴打し、さらに、その場にあつた同女のハンドバッグ(昭和四三年押第一〇七号の一)の止め金部分で同女の頭部を数回強打し、首を締めつけてベッドに押し倒し同女に対し加療約一〇日間を要する頭部打撲傷、頸部捻挫の傷害を負わせて同女を失神させたうえ、強いて姦淫し、さらに右ハンドバッグから同女所有の現金一、三〇〇〇円及び同女所有の男物腕時計一個(時価約五、〇〇〇円相当)を強取し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の(一)の所為は刑法一七七条前段に、同(二)の所為は同法二三六条一項に、判示第一の(一)乃至(三)の各所為はいずれも同法二四一条前段、二三六条一項に各該当するところ、判示第(二)の(一)乃至の各罪についてはいずれも所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の(三)の強盗強姦罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、なお同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中いわゆる売春婦に暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧して姦淫し売春料金相当の財産上不法の利益を得たとの点の要旨は

被告人は判示第一の(一)及び第二の(一)乃至(三)の各事実につきいずれも「売春婦に脅迫暴行を加え、売春料金を支払わないで売春行為をなさしめるとともに金品を強取しようと企て」判示の各脅迫暴行を加えてその各反抗を抑圧して強いて姦淫した結果判示第一の(一)の事実につき売春料金五、〇〇〇円相当の、判示第二の(一)の事実につき売春料金金五、〇〇〇円相当の判示第二の(二)の事実につき売春料金三、〇〇〇円相当の、判示第二の(三)の事実につき売春料金二、〇〇〇円位相当のそれぞれ「財産上不法の利益」を得た

と言うのである。(なお検察官は右事実をもつて強盗強姦罪として起訴しているものと認められる。)

当裁判所が右の各事実売春料金相当の不法利益を得たとの点につき無罪とした理由は次のとおりである。

第一、構成要件該当性について

(一)  刑法二三六条二項の強盗罪の構成要件に該当するためには「財産上不法の利益」を得ることを要するのであるが、まず売春婦との情交それ自体は財産上の利益と言い得ないことは明らかである。すなわち情交そのものは性欲の満足という本来非財産的利益であるから情交それ自体は賄賂の目的にはなつても(最高裁判所第二小法廷昭和三六年一月一三日判決)財産犯の対象にはなり得ないものであつて、通常の婦女子に対する強姦罪が何等強盗罪の疑をかけられないこともこの理によるものであつて右の点で情交それ自体を労働等と同視して経済的利益と解することは妥当でないと言わなければならない。

(二)  次に売春料金の支払を免れた点が財産上不法の利益を得たことになるか否かについて検討する。

そもそも売春行為は「人としての尊厳を害し、性道徳に反し社会の善良の風俗をみだす」(売春防止法一条)ものであつて「何人も売春をし、又はその相手方となつてはならない」(同法三条)のであり、又その故にこそ売春防止法は売春に関し種々の刑事罰を科しその違法反社会性を強調しているのであり、もとよりその対価(同法で言う対価)の授受約束は公序良俗に反し無効であつて、売春行為自体は処罰対象にはなつていないものの、それは別の刑事政策に因るものであつて、これを放置放任する趣旨ではなく厳禁していることは前記のとおりであり、その売春防止法の趣旨よりすれば、その対価約束の違法性は強度のものであつて、単なる統制法規違反と比肩すべきではなく、むしろ犯罪行為の依頼を受けたものが依頼者にその報酬を請求する場合に似た明白に公序良俗に反する性質を有するものと考えられる。

たしかに一般的には民事上保護を受け得ない対価の支払免脱でも刑事上処罰対象となり得ることは否めないにしても、単なる統制法規違反や違法性の軽微な場合はともかく、本件の如く対価の支払請求がまつたく公序良俗に反する場合には民事上のみならず、刑事上も対価請求は何等法的意味をもたないもの(刑法上の保護を受け得ないもの)として評価すべく、従つてこの支払を暴行脅迫をもつて免れても、事実上財産的利益を得た如くの外観を呈するが法的に観察すれば、何等「財産上の利益を得」たと言う構成要件に該当しないと言うべきである。(なお、すでに金銭その他の財産的給付を受けとり、その給付の原因が公序良俗に反する場合には別論が可能であろうか。)

刑法財産犯の規定は単なる特定個人の具体的財産の保護よりも違法手段による利得行為が財産権一般に関する社会秩序を紊す危険を防止することにあることを強調するのであれば或は本件の場合に強盗罪を認めることができるかもしれないが、右の議論は利得行為の有無(構成要件該当性)についての法的評価を欠いた一般論であつて、当裁判所としては前記の如く被告人は違法手段を用いて社会秩序を紊しているのであつても(違法手段の点は暴行罪脅迫罪、強姦罪等に問えば足りる。)何等強盗罪に言う利得をしておらず従つて強盗罪の構成要件に該当せずと判断し、むしろ本件のような場合に強盗罪を成立させれば、犯罪行為の報酬に似た売春料金の支払を間接的に強制することとなり、民事上絶対に保護されない請求権を民事秩序を維持すべき刑法財産犯の規定が支持する結果となり、又通常の婦女子を強姦した場合より極端に重い刑(売春婦を強姦すれば常に強盗強姦罪になるとすれば強盗強姦罪の最低刑は懲役七年、仮に強盗罪と強姦罪の観念的競合と解しても最低刑は懲役五年で、通常の強姦であれば最低刑は懲役二年)を科することとなり、法秩序全体の均衡を著るしく破ることにもなり妥当でないと解するものである。

第二、責任について

今、仮に構成要件該当性についての議論は暫くこれを措くとしてもなお被告人の犯意の点から見ても結局同一の結論に達せざるを得ないのである。公訴事実によれば被告人の犯意は「売春婦に脅迫暴行を加え売春料金を支払わないで売春行為をなさしめ」ることにあつたとされているが、当裁判所としては脅迫暴行を加えて反抗を抑圧しようということと、姦淫行為はともかく売春行為をなさしめることは二律背反ではないかという疑問を抱かざるを得ない。

なるほど被告人は「反抗抑圧して強姦する意思」のほかに「只でやる意思」が存したように捜査官に対し自白しているが、脅迫暴行を加えて反抗を抑圧すれば通常の婦女子に対すると同様の強姦行為ではあつても、いわゆる売春行為はあり得ないのであつて強姦の犯意の存する限り対価支払云々の意思は強姦の犯意のなかに包摂霧消し去つているものと解せられるのではないかということである。すなわち犯人が売春料金につき詐欺又は恐喝の犯意を有している場合には、売春婦には完全ではないにしてもともかくその自由意思による売春行為の存する余地があり、その対価請求をすることが考えられるし、犯人としてもその犯意のうちに対価請求を当然予想するのであるが、本件の如く被害者に全く自由の失なわれている強姦の場合には売春婦といえどもまつたく通常の婦女子と同様に、完全なる被害者であつて、そこには既に対価請求なる概念の生ずる余地はないと考えられる。

相手が売春婦であり、外観的に売春料金の支払免脱という事実が随伴するために「只で」という意思が事実あるかの如くみえるが、「脅迫暴行を加えても姦淫しよう」という意思がある場合には、相手が売春婦であることの特殊性は相手の物色、犯行の着手が比較的容易であり、かつ犯行が漏れにくいという点に存したのみで、こと姦淫行為に関しては相手が売春婦であるか否かはまつたく関係がないわけであるから、その点では通常の婦女子を強姦する犯意と同様であり、その対価支払を免れようという意思が存したと認めるには無理があり、従つて被告人は強姦の犯意のみを有しているのではないかとの疑問があり、前記自白は矛盾があり被告人には強盗の犯意は認められないと判断したわけである。

第三、以上いずれにしても売春料金の支払を暴行脅迫によつて免れて財産上不法の利益を得たとの点については犯罪の証明がないが、判示金品の強取の点と包括して強盗強姦罪として起訴されたと認められるから主文において特に無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。(牛尾守三 青山高一 安原浩)

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